Otra célula del cerebro

気が向くままにだらだらと書いていきます。

今週のお題は、書きづらい。。。

今週のお題「おかあさん」

 

本日5/13は母の日でしたか。

最近、母の日にプレゼントした記憶が一切といっていいほどない。

 

現在、実家から離れたところに住んでいるので、会うのも年に数度。長期連休を取った時くらい。

さすがに、帰省したときに何かしらのお土産を買って帰ったり、食事にいって、こちらが支払いをもつ程度。

 

うーん、本来なら何かしら送ったほうがいいんでしょうが。。。

 

ただ、実家から離れて過ごすようになって思うのは、母親ってありがたいものだなということ。

ごはんを用意してくれていたり、洗濯をしてくれたりと、一人暮らしをするまで、その陰での働きがさっぱり気づいてなかった。

むしろ、母親はそういうことをしてくれるものなんだと思い込んでましたね。

 

それが、一人暮らしをするときになって、すべてを自分でするようになると、そのありがたみが身に染みるというか。。。

本当にありがたい。

 

一人暮らしも楽なんですけどね。何をしてても、怒られることがないし、好き勝手に過ごすことができる。

夜更かしなんて当たり前で、好きなものばかり食べたり、酒をたらふく飲んだりと、もう好き勝手。

 

ただ、母親とか家族がいるというのも別の意味で楽。帰ると誰かいるという安心感とか、ご飯を一緒に食べるという喜びとか。

両方をいいとこどりをしたいなと思うんだけども、それはナンセンスかなと。

 

ほぼ、どこか背反的なものがありますし、好き勝手なことばかりすると、確実に将来体を壊すのが目に見えてますから。

 

そんなこんなで、今年の母の日も何もすることなく、おしまい。

うーん、次に帰省するときに、ちょっといいお土産を購入して帰ろうかな。

なにがいいかなぁ。。。

ラーメンと愛国/速水 健朗 ~ラーメンって本当にいろいろとある。。。~

普段、あんまり気にせずにどこそこのラーメンがおいしいとか、久しぶりにラーメン食いたいなと食べに行ったりすることが多々。

地方に行けば、ご当地ラーメンがあるよねといいつつ、博多ラーメンや、喜多方ラーメンやら、熊本ラーメンなどなどといったおいしいものがあり、いまや国民食といってもいいと思えるくらい。

 

そのラーメンの歴史について書いてあるのが本書。

チキンラーメンから始まり、現代のラーメンにつながっていく。そして、ラーメン二郎についても言及。

 

本書の著者は、このご当地ラーメンについては、こう書いてあります。

戦後の日本において、地方が個性を失い、固有の風土が消え去り、ファスト風土化する中、観光資源として捏造されていったのがご当地ラーメンであるというのが筆者の主張である。

なるほどなと。

ラーメン自体、もともと中国の食べ物ですし、きたのも戦国時代あたりといわれています。うどんが空海とともに来たともいわれたのを考えると、雲泥の差があります。

そのラーメンがご当地ラーメンのように広がっていっているのを、ブラックバスと例えている筆者は面白い例えだなと。

田中角栄の「日本列島改造論」で、日本中に高速道路や新幹線といった高速移動網が整備されていく中で、徐々に、そして確実に画一的になっていく日本国内。そうなっていくと、差がなくなれば、観光資源が減っていき、観光業がなりたたなくなっていく。

そういうときに、ラーメンに地方性を持たせることで、ご当地ラーメンが誕生していったという流れはしっくりくる気がします。

 

それと、ラーメン道が言われるようになったのが、テレビチャンピオンやら、テレビの影響が大きい。

どうも、ラーメン屋って頑固・職人肌ってイメージがありますが、そのイメージもテレビから来ていると思うと、テレビの影響力ってすごい。

 

ただ、ラーメンのように、土地々々や店舗ごとに多様な味を味わえる食べ物というのはそうそうないものですから、これからも進化していってほしいものです。

 

それにしても、安藤百福チキンラーメンの思想がすごい。

いつでも安価に食べられるラーメンを、工業製品としてつくる

この考えってすごい。この発想があるからこそ、チキンラーメンをはじめ、即席麺がでてきて、かかすことのないものになっている。

そう思うと、このくらいのシフトチェンジができるものを探していくと面白いのかもしれない。

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

 

2018年 春の18きっぷの旅 大阪編 その1 ~大鳥大社~

GWも過ぎましたが、まだ18きっぷネタの振り返りという。。。

まぁ、ネタ自体はほどほどでいこうかと思っておりますが。。。

 

今回の旅行は、大阪の一之宮巡り。

大阪にある一之宮は、大鳥大社住吉大社坐摩神社、牧岡神社の4つ。今回は、時間的に行けた3つに訪問。

もともとは、住吉大社坐摩神社だけの予定でしたが、大鳥大社にあるのに気づいたから、急遽予定を変更し、大鳥大社に参拝です。

 

www.ootoritaisha.jp

大鳥大社の祭神は、日本武尊

 

さて、まずは名古屋から鳳へ。

 

乗り継いで鳳駅へ。

 

鳳駅から歩いて大鳥大社へ。

 

境内を歩いて、本殿へ向かいます。

 

手水場。

大きい。。。

 

すごい立派。

 

本殿に到着。

 

本殿で参拝したのち、御朱印をいただきました。

 

訪問したのが3月中頃だったので、桜の開花も確認です。。。

 

さて、次は、住吉大社へ移動です。

 

 

野生哲学──アメリカ・インディアンに学ぶ/管 啓次郎,小池 桂一 ~七世代先を考えるか。。。~

アメリカの先住民の伝承や考え方について書いてある本。

ただ、読んでいて思ったのは、先日読んだ本の内容と結構近いなということ。考え方や祭りがその土地々々に基づくものと考えると。

 

土着という言葉を本書では次のように書いてあります。 

土着。土に就くこと。この言葉を、ありのままにとらえてみたい。

~中略~

なぜ土地は大切だったのか?三つの側面が考えられるだろう。

  1. それは、人が生きるための物質的根拠のすべてを、土地が与えてくれたからだ。~中略~これを「物質的所属」と呼ぶことにしよう。
  2. ついで、土地とは自分の父母や祖父母やあらゆる先祖たちが死に、葬られ、文字通りに土へと還っていった場所だからだ。~中略~そんな考え方を「霊的所属」と呼ぼう。
  3. 最後に(もちろん以上の二点と深く関連することだが)ただ単純にいって、土地は「美しい」からだ。~中略~こんな考え方を「審美的所属」と呼ぼう。

土着というのは、 先祖代々が住んでいた土地だからかなと思っていのですが、もともとなぜ先祖が住んでいたのか?というのを考えると、3つの側面があるというのも納得です。

もともと人が住み始めたのが、その土地がよかったからであり、生きていく糧を確保することができたからであって。。。

その土地が徐々に変わっていき、変化していったときでも、その土地に長々と住んでいると愛着を感じることでなかなか土地を変えることができない。

特に狩猟民族で、一部の動物に依存していたら、その影響は計り知れないだろうし、その動物に神と考えると、なかなか深いなと。

こういうところから、土着の神というのがでてくるのかもしれないですねぇ。

 

そう思うと、土着というのは最初に住み始めた先人たちから引き継いできたものも含むという印象かなと。。。

 

だからこそ、次の言葉が非常に重く感じてしまう。

「何事を取り決めるにあたっても、われわれの決定が以後の七世代にあわたっておよぼすことになる影響をよく考えなくてはならない」と。ある決定事項をめぐって自分が投票するなら、その票は自分だけではなく、まだ生まれていない者たちも含めて、以後の七世代のための一票なのだ。

何かを決めるときには、七世代も先のことを考える。一世代を25年と考えると、175年先のことを考える。

その言葉の大きさをひしと感じてしまいます。

 

こういう考え方をもって、いろいろと仕事をしていかないとなと。。。

 

短期的に利益を追求するのではなく、こういう大きな考えをもっていくというのがこれから大事なのかもしれません。

ただ、短期的に利益があがらないと、くっていけないですからねぇ。

そう思うと、なかなか難しい。。。 

野生哲学──アメリカ・インディアンに学ぶ (講談社現代新書)

野生哲学──アメリカ・インディアンに学ぶ (講談社現代新書)

 

2018年 春の18きっぷの旅 滋賀・京都編 後編 ~元慶寺~

前回の三井寺から、おりたところから、まずは大津駅へ。

そこからJRに乗り、山科駅に向かい、そこから歩いていきます。

本音をいうと、雨に降られなければ、ここから歩いて元慶寺に向かっていく予定でした。まぁ、今後の旅行ネタのために残しておこうかな。。。

 

雨が少し強くなってきたので、雨宿りがてらに三井寺のふもとの長等神社に駆け込み。

旧縣社 長等神社 公式ホームページ 大津市

 

せっかくなので、お参りをして、小雨になったときに大津駅に向かって移動です。

 

そんな簡単な気持ちだったのですが、長等神社はかなり立派です。

 

由緒もいいし、指定文化財の楼門もいいです。

 

手水場。

 

こういう龍は珍しいかな。

 

時期的に梅かな?桜とは違う気がしますし。。。

雨が小雨になったときに、急いでアーケード街に向かって移動し、あとはアーケードや屋根のあるところをつないでいき、なんとか大津駅へ。

 

そして、大津駅からはJRで山科駅へ移動です。

 

山科駅からてくてくと20分くらいかけて元慶寺に向かって歩いていきます。

 

五条別れ道標とか、さらっとあるのがすごい。

 

歩くことしばしで、無事に番外札所である元慶寺に到着です。

 

この道の先に元慶寺があります。

元慶寺 - Wikipedia

 

この楼門は結構素敵だと思います。

 

応仁の乱で罹災しているようです。

 

梅の花が素敵。

 

ここにてお参りしたのち、御朱印をいただき退散。来た道を歩いて戻って、山科駅へ。

 

これにて、滋賀・京都編はおしまいです。

さすがに、雨に降られたりして大変でしたが、行ったかいはあったかなと思います。

まだまだ西国三十三観音巡りは、巡るところが多いので、しばらく続けていくことになりそうです。

ニッポンの奇祭/小林 紀晴 ~写真だけで結構驚かさせられます。。。~

世の中には多くの祭りがある。

個人的に祭りは、人が多いので、避けてしまうことが多々。

御朱印の旅でも、大概祭りの日を外していくことが多いです。正月は例外ですが。。。

 

いろいろと祭りがある中で、特徴があるなと思うのも多々。

住んでいるところの近所であれば、稲沢市国府宮のはだか祭りとか、南知多町の豊浜鯛祭りとか。。。

 

この本では、著者が見た奇祭といえる16の祭りを写真を載せて、記載しています。

 

この祭りを見ていると、なかなか不思議な感じがします。

よく見る山車がでてとか、神輿がでてというのではない。むしろ、その土地々々に独特の祭りがある。そういうのを知るだけでも、十分かなと。

著者が記載している次の言葉が、的を得ていると感じます。

神道が国家的なものとして制度化される以前のもの、つまり古層の姿をよりかんじさせるものをそう定義したくなった。

 

その土地々々に延々とつながるものがあり、それがでてくるのが祭りのときである。

もともと、日本自体も、大和政権に征服されて行った歴史があり、その後、仏教や神道の広がりという経緯がある。

その影響を受けるにしても、もともとの土地に染みついていたものがでてくるのが、祭りというものなのかもしれないのかなと。

 

そういや、この本にでてきた奇祭と紹介されているものは、長野や沖縄、大分、宮崎、高知、埼玉、岩手、福島となっており、近畿地方の祭りは入っていないんですよね。

権力に近いところは、昔ながらというのがなくなっていったのか、もともとなのか。。。

どこか、不思議な感じがする内容かなと。

 

今年くらいは、祭りにいってみようかな。。。

ニッポンの奇祭 (講談社現代新書)

ニッポンの奇祭 (講談社現代新書)

 

2018年 春の18きっぷの旅 滋賀・京都編 前編 ~三井寺~

5月に突入していますが、まだまだ残っている2018年春の18きっぷの旅。結構なリストで残っているので、しばらく放出していくのを優先ですかね。。。

 

今回は、次回分とあわせて、三井寺元慶寺の2つを巡る旅です。西国三十三観音巡り。結構、とどまっていたので、ぼちぼち再開していっているの現状。

 

今回の三井寺に向かうために、普段の名古屋駅からスタート。

スタート地点の写真を撮り忘れていたので、大垣駅での乗り換えで撮影した分です。

 

乗り換えがスムーズにいったので、大津駅に無事に到着。

 

ここから、てくてくと三井寺に向かって20分程度歩ていきます。

三井寺の道中に、琵琶湖疏水の水門を通過。一度通ったことがありますが、ここの写真を撮るのは初めて。

 

そして、三井寺に到着。

訪問した時期は、まだ桜の開花前だったのですが、ライトアップ期間でした。

入山料は600円。

www.shiga-miidera.or.jp

 

 

ここが車の駐車場。

 

そして、三井寺園城寺)の石碑。

 

金堂に向けててくてくと歩いていきます。

 

手水場。

 

手水場の拡大。

 

金堂。

 

三井寺観音堂へ向かいます。

 

この階段の上が観音堂

 

こう思うと、三井寺ってすごく大きいお寺。

 

ここから見る琵琶湖の景色が結構好きです。

 

大津の街を一望しながら、琵琶湖を望めるというのがいいんです。

 

観音堂前の手水場。

 

蓮の花からでている感じがなかなか。

お寺の手水場のほうがいろいろと種類がある気がしてます。

 

観音堂で、お勤めをしたあとに、御朱印をいただき、次の場所へ。

 

このときまではまだ雨が降らず、なんとかもっていたのですが。。。

 

ちょっと後に雨がざーっと。。。

 

次は元慶寺になります。