Otra célula del cerebro

気が向くままにだらだらと書いていきます。

缶詰博士が選ぶ!「レジェンド缶詰」究極の逸品36/黒川 勇人 ~缶詰っていろいろとあるんだなぁ~

普段何気なく備蓄していたり、酒の肴にすることの多い缶詰。

気が付けば大概同じようなものを選んでしまうことも。そう思うと、いろいろと新しいのが出ているのに全然気づかずに決まったのをついつい買ってしまっています。

この本を読んでて思うのは、缶詰もいろいろと種類があるのだなというのと、缶詰の製造方法も多様であるというか進化していっているなということ。

そして、レジェンドとつけられるくらいだから非常においしいということなんでしょう。

 

興味深いのが次の4つ。

  • 名古屋コーチンやきとり(ホテイフーズ)
  • ツナとタイカレー(いなば食品)
  • オイルサーディン(竹中罐詰)
  • ミニとろイワシ(千葉産直サービス)

名古屋コーチンのはドライタイプだそうで。。。なんと液汁がほとんど入っていないそうです。このタイプは食べたことがないので非常に興味が。うーん、楽天あたりで購入しようかな。。。

いや、これだけ買うのはどうかと思うから、何かとまとめてかなとか。。。

近所のスーパーにあれば買うんだけどなぁ。さすがになかった気がする。ちょっとうろちょろして探してみるのも手かな。

 

それに、ミニとろイワシは、こだわりぬいているようで、なかなか食べれるものでもないようで。

お見かけしたら食べてみたい。

 

そういや、缶詰を肴に飲む飲み屋があったから、そういうところで試してみるのも面白いかもなぁ。。。

そうでなくても、家にストックしておくだけでも楽しいものですからね。旅行いったときにスーパーを覗いてみるのも面白いのかも。

神聖ローマ帝国/菊池 良生 ~歴史から学ぶというのが大事なのかも~

ヨーロッパの歴史はあまり知らないです。

学校で習った記憶もありますが、なかなか記憶が。。。

付け焼刃的な知識は時間が経つと徐々に薄れていきますね。自分だけかもしれませんが。

 

ヨーロッパの歴史を見ていくと、気になるのがローマ帝国がちょくちょくでてくるところ。

ローマ帝国自体、古代の帝国という意識なのですが、そこから着々と流れる流れがあるのかなと。

本書に書かれているこの言葉にふーんと思わされたりします。

古代ローマ帝国が人々の理想郷であったからである。古代ローマ仰げば尊しとする心性がいつからよろーっぱ人に宿ったかは詳しく知る由もないが、この心性はいまなお、ヨーロッパに脈々と受け継がれている。その古代ローマ崇敬の生命力は我々日本人の想像を絶するものがある。

 

読んでいて思うのは、皇帝と協会側の権力の争いが、お互いの権威をなくしていくという流れ。

この流れって、いたるところでみる構図だなと。

結局権力がある側に振り回されることで、周りのものがついていくのを嫌がっていき、徐々に第三極ができていくということなのかも。

そういうのを考えると、ヨーロッパの歴史を知るというのも大きな権力闘争がある中でどういう立ち居振る舞いをしたらいいのかを知る勉強になるのかもと思えてきます。

可能な限り、自らの経験で学ばずに、歴史や過去から学んで同じ轍を進まないようにしていかないとなと。

 

そんなことを思ってても、ついかっとしたらそのまま突っ走てしまうんですけどね。

この性格を先に直すのがいいのかも。 

神聖ローマ帝国 (講談社現代新書)

神聖ローマ帝国 (講談社現代新書)

 

坂の上の雲 (2)/司馬 遼太郎 ~変化を受け入れていくのが大事か。。。~

前回の続きということで。。。

 

今回は、日清戦争の話がメイン。

この戦争の経緯を見ていると、いろいろと考えさせられます。

明治維新のような大きく物事が変わっていく際に、あまり学習を受けていなかった人物をどう対処していくか?というのが参考になります。

もっともこういう正規教育をうけずに海軍の将軍や佐官になっていた者は明治初年から二十年代のなかごろまではふんだんにいた。

~中略~

「戦いに勝つにはこれら無用の人物をすべて整理する必要があります」

と、同郷の西郷海相に意見具申し、そのゆるしを得、将官八名、佐官・尉官八十九名という大量の首きりを開戦前の明治二十六年に断行し、兵学校教育をうけた士官を海軍運営の主座にすえることにした。

冷酷な感じがしますが、考えを浸透させていくという意味では大事なのかなと。

ただ、その中で生き残った人がいる。

校長でありながら学生とともに高等戦術を雇外国人からまなんだりした。そういういわば頭脳の柔軟さと努力が、この人物をして近代海戦の戦闘指導者の能力をもたせるにいたったのだろう。

現状の自分の立場に満足せず、新しいことに対してはどん欲に学ぶという姿勢が、これからのご時世大事なのかなと。

いろいろと変化が進んでいくご時世、新しいことに対して拒絶するのではなく、新しいことをあえて取り入れていくということが大事なのかなと。

10年後、20年後に今の仕事が残っていっているのかなと思うと、怪しいかな?と思うこともあるので、こういう変化を受け入れていく生き方というのを考えていかないとなと。。。

ダーウィンの進化論でも生き残るのは環境の変化に順応していったものが生き残っていくというのもありますから。

このことを考えていくと、現状の仕事に固執することなく、新しいことをする機会があればチャレンジしていくことが大事なんでしょう。

 

2巻としては、日清戦争にいろんな国が監視の中、戦況が進んでいったのを考えると、目の前のことから多くの情報を取り、それを活かしていくのが大事なんだろうな。。。 

新装版 坂の上の雲 (2) (文春文庫)

新装版 坂の上の雲 (2) (文春文庫)

 

坂の上の雲 (1)/司馬 遼太郎 ~やはり面白い。~

10年以上前に読んだ記憶があるのですが、それ以来の読書。

そういえば、10年くらい前にドラマ化されてたような。。。

www.nhk.or.jp

2009年、2010年、2011年と3か年にわけて放映されています。

BSあたりで再放送しないかな。。。

とはいえ、まずは小説を読むのを先にすすめていこう。

 

1巻は、好古と真之の幼少期からの話。

個人的には、好古と真之ともに金がないがうえに、学費のかからないところに最終的には行く。

それが陸軍であり、海軍。

真之なんて、東大の予備門に通っていたのにやめてまでいってますから。そう思うと、お金の問題というのがいかに大きかったのかと思わされます。

 

そういう話を読んでいく中で、真之の行く先を決めていく上で大きな影響を与えたのが次の言葉なのかなと。

好古が真之に言った言葉がふむふむと奥深い。

お前はまちごうとるぞ。一個の丈夫が金というものでひとの厄介になれば、そのぶんだけ気が縮んで生涯しわができる

この言葉、普段の自分のことを考えると、なかなかできない。

お金を自分でなんとか自前で工面していくことが重要である。たとえ、資金を提供してくれるのが殿様であっても、そこに頼らず自分の力で道を切り拓いていったほうがいい。

なかなかハードルが高いけども、それができたら、自分の力で切り拓いているわけですから、選択肢も広がり、だいぶ楽だろうなと思う。

こういうのを考えると、いかに資金のあてを作っておくか、その計画性がそのあとの行動のしやすさに影響がでるのだなと。

自前主義的なところになるのかもしれないけども、そういうのが大事なのかもしれない。

 

そんなことを思いつつ、次巻へ。。。 

新装版 坂の上の雲 (1) (文春文庫)

新装版 坂の上の雲 (1) (文春文庫)

 

八幡神と神仏習合/逵 日出典 ~面白くもあり、日本のものの考え方に驚きも。。。~

鶴岡八幡宮とか、石清水八幡宮とか、八幡宮は多く見られます。

その八幡宮に祀られているのが、八幡神

八幡神 - Wikipedia

もともとは、応神天皇をまつっているそうです。

 

個人的に、寺巡りや神社巡りを多くするのですが、その歴史をしると、結構、神社と寺院が近所にあったりすることが多々。

それが廃仏毀釈の流れでわかれたとか聞きます。日吉大社の話とか有名ですし。

日吉大社 - Wikipedia

あとは、日吉大社 廃仏毀釈で検索してもらうといろいろと出てきます。

 

もともと日吉大社は、比叡山とのつながりが強いところだったのですけどね。それが最近また交流がはじまったとのことで。。。

 

ただ、疑問なのが、なぜ神仏習合が進んだのか?ということ。

もともと聖徳太子の時代だと、守屋とか蘇我が争ったわけですし。

 

それをみると、もともとお互いに多神教であることと、日本人がいろいろと融通のきく考えをもっているのが大きかったようです。

神祇・仏教両者の内容は大きく異なるが、両者とも他を排斥する一神教ではなく、多神教であるという共通点をもっている。これは重要な要素であり、多角的に物事を摂取し、何事にも融通のきく解釈ができる日本人にとって、両者間を接近させる出発点になったと考えられよう。

 

 それを受け入れていくために、いろいろな解釈がでてくるのが面白い。

これまで通りの神では、地域社会の要望に応えきれなくなっており、どうしても仏教の呪力が必要なのだ、というところから出た考えである。

 

そして、神社と寺院が同じところにできるように。神宮寺のできた経緯というのも面白い。

神仏習合による最初の現象とは神宮寺の出現である。神宮寺とは、神威の衰えた神を救い護るために神社の傍にできる寺院をいう。

神宮寺 - Wikipedia

こう思うと、神宮寺ができた経緯も踏まえると、日本の歴史の中で徐々に海外のものを受け入れていくという素があったのだなと。

仏教が神社を守るという感じになっていたのが、徐々に変化して、一緒にまつればいいじゃんと考えてしまった。あとは、本地垂迹説とか考え付いたりしているわけですから。

本地垂迹 - Wikipedia

 

こう思うと、日本人の懐の大きさを考えさせられます。

一神教が入ってきていたら、こうはいかなかったんでしょうし。仏教が大陸からつたわったことで、今の日本があるのだなと。

 

なんか八幡宮のことよりも神仏習合の話ばかりになってしまいました。。。

八幡神と神仏習合 (講談社現代新書)

八幡神と神仏習合 (講談社現代新書)

 

「ミッション」は武器になる―あなたの働き方を変える5つのレッスン/田中 道昭 ~自分の強みってなんだろうなぁ。~

自分が部下をもつことが仮にあったとしたら、何を気を付ければいいのかなと。

しっかり管理をしていくのがいいのか、部下に任せていけばいいのか、などいろいろと考えてしまいます。

ただ、部下の側にたって考えてみるとって書いてみたけど、もともと会社勤めの場合、いきなり部下がいるという状況は少ない。むしろ、部下としてからスタートしていったわけですから、そのときを振り返ってみて、どういう上司だったらよかったか?どういう上司にあこがれるか?というのを考えてみてもいいのかなと思ったりします。

自身の経験だけでいくと、各個人で考えが違ったりしますから、そのギャップで苦しむことになるのかなと。

 

なので、ふと考えてみると、どういうのがいいかと考えると、自分の力を発揮できる環境を作ってくれた時が一番いいかなと。

あなたがもし、誰かに自分の存在自体や自分の才能や資質を活かしてもらえたとしたら、どのような気持ちになるでしょうか。その相手に対してどのような気持ちを抱くでしょうか。きっと自分の存在意義が受け入れられ、自分が活かされたという気持ちから最高にモチベーションが高まり、その人のためにさらに一肌脱ごうという気持ちになるはずです。つまり、その人のために自律的にがんばろうという気持ちになるのだと思います。

 

各個人の力を発揮するには、長所をしっかり把握していく必要がある。長所って短所と裏返しなので、ついついこう直したほうがいいとか思って直したくなるけども、そこをぐっとこらえたほうがいいみたい。

本来は長所として活かしていくべき性格を、短所として「直そう」としてしまうことが最も危険です。

長所として育てて伸ばしていく。その考えはなかなか難しいかなと。

 

ただ、自分の存在を認めてもらったのち、こうしたらいいとか、アドバイスをもらったらそれを受け入れる気になりますが、最初から否定されると、反発をしてしまう。

そう思うと、まずは部下の考えを受け入れていくのも大事なんだろうなと。

 

そんなことを思いつつも、なかなか奥が深いなと。

 

ストレングス・ファインダー一度やってみてもいいのかもなぁ。

「格付け」市場を読む/岩崎 博充 ~格付け会社の収益をあげる方法って面白いな。~

「格付け」ってちょくちょくニュースで見ますが、どういう風に決めているのか?というのがよくわかっていない。

そもそも格付け会社って、どうやって収益をあげているのか?格付けの根拠ってとか。疑問は多い。

 

まず、格付け会社の収益を上げる方法。

格付け会社の収入源は大きく分けると二種類ある。ひとつは、債券や証券化商品などの発行体(企業)から依頼されて格付けを行い、収入を得る方法。もうひとつは、投資家サイドから情報提供料、もしくはコンサルティング料などの名目で収入を得る方法だ。

あとは、勝手に公開情報から格付けするのと、資料提供を受けて依頼で格付けする方法の2種類あり。資料提供を受ける場合は、資金提供を受ける。そう思うと、依頼で格付けする場合は、あまくつけて、勝手に格付けする場合は辛くつけるという足元を見た手法が蔓延しそうで。。。

 

もともと格付け会社の格付けの意味を高めるには、独立性を担保する必要がある。そのためには、独立性を保つためにも独自に収益をあげる必要があるから、コンサルとか必要になるんですねぇ。。。

でも、資金をもらっているところがあると、情報を湾曲しがちになってしまいそう。。。こういうのって難しいですね。

 

本書の中で、格付け会社アジア通貨危機の引き金を引いたとの指摘あり。

  1. 結果的に格付けがヘッジ・ファンドに利用され、通貨投機の材料にされてしまったこと。
  2. 金融危機の連鎖の原因のひとつになってしまったこと。
  3. 短期間にソブリンのような影響力の大きい格付けを急激に下げたこと。
  4. 結果的に正確な格付けをタイムリーに行うことができなかったにもかかわらず、何ひとつ責任をとっていないこと。

最後の項目が重たいかなと。

格付けしたらしっぱなしというのを考えると、ある意味都合のいいようにやって逃げれるといういいポジションになりますし。後出しじゃんけんもできる。

そう思うと、恐ろしい。

 

ただ、格付け会社は、国債社債やを発行したりするときの利率に影響を与えますから、しっかりとその意義があるんでしょうが。。。

知らず知らずに投資をする際に、格付け会社の情報を入手していますし、参考にすることも多いですから。 

「格付け」市場を読む?いったい誰がトクをするのか? (光文社新書)

「格付け」市場を読む?いったい誰がトクをするのか? (光文社新書)