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Otra célula del cerebro

気が向くままにだらだらと書いていきます。

私本太平記 筑紫帖/吉川英治 ~薄氷の中すすんでいくようでいて、蒔いておいた種が育っていくのがわかる。。。~

九州開きのために、福岡についた足利一族。

時間稼ぎのために、赤松氏や佐々木氏を残しての九州開き。

兵の数も少なく、対応しきれないような感じもするのですが、それ以上に建武の新政時に六波羅でいろいろと種を蒔いておいたものを収穫していくかのうような感じです。絶頂期に近いときに、最悪を想定して動くことができた足利尊氏は非常に優秀な政治家という感じがします。

もともと九州探題足利尊氏の妻の兄だったこともありますし、自分の六波羅時代の名声もあり、九州開き自体はある程度成功するとみての動きだったのかと思います。

ただ、足利尊氏の首にはおおきな懸賞がかかっていたようで、仲間として集まった者共も一枚岩ではないというのが実情。

その中でも足利尊氏の行動がすごい。とにかく積極策で動く。籠城なんてもってのほか。とにかく野戦にしかけていく。

自分のおかれている状況が実は、薄氷の中であるというのを理解していたのかもしれませんが。。。それにしても、勇気のある人だなというのが素直な感想。

 

一方、新田義貞は散々に足利尊氏を倒したことで、後追いをすることもなく、京へ凱旋。凱旋将軍の名をほしいままにしています。

その中で、楠木正成は新田と手をきり、足利と手を結ぶべきだと後醍醐天皇に上奏。結果として、楠木正成は河内にこもることになります。

 

この一連の流れを見ていると、足利尊氏は非常に運がいいと思います。そして、楠木正成の先見性もすごいなと。耳の痛い勧告というのは、きちんと聞く価値があるのだと。そのときどきの最善手が実際はそうでもないというのを露骨に見せているなと思えます。

むしろ、情報の大切さですかね。。。情報をしっかりもっていれば、的確な判断ができる可能性があがる。たとえ耳の痛い情報であっても、それを正視する必要があるということでしょうか。

 

太平記もかなり佳境に入ってきた感もします。各々の感想を書いてますが、一度まとめて感想を書こうかなと考え中です。