世界を知る力 読了
2011年と書かれているのは古いのですが、今の現状と比較するのも面白いと思って購入。古い本の現状分析を経て、未来予測的なことを書いている本を買って、勝手に現状と比較するというのは面白いのかなって思ってます。
ただ、コレかいてて思いましたが、かなり意地悪いですね。なので、現状は違うというのを考えるのではなく、その当時の分析をもとにたてた予測が、現状どうなっているのか?というのは自分の胸にしまっておきます。
自分が、後出しじゃんけんで採点されたら、気分悪くなりますし。。。
読んでて思ったのは、未来を予測するのは難しいということ。詳しい人でも5年先の状況を完全に読めているわけではないですし。
集めた情報を分析するには、過去の歴史から現状を捉えていくことが必要。その分析結果からありうる物語を描くというのが、未来の予測なのかな?と思ってます。
ただ、そこまでしても、完全な予測は難しい。どんなに情報を集めて、先を見据えているつもりであっても、物事の本質を捉えそこない、関係性をみぬけなかったら、各々の因子が大きく働きだすと、その論理は端から破綻していく。そう思えてなりません。小さいうちはあんまり差は誤差程度であるんでしょうが、徐々に無視できなくなると、当初の予想を変えてしまうくらいの影響力がでてくるんだと思います。
2015年の状況を踏まえると、中東問題の影響や、EUの財政的な問題、さらにはロシアの復活、中国の台頭というのははずすことのできない因子です。
そこに、TPPの話や、東アジアの問題など、複雑に絡まっていく話が多々でてくるわけですから。
ただ、未来がわからないなら、何も考えないというのは違うと思います。わからないからこそ、情報を集め、自分の頭の中で整理し、様々なケースを予測し、最悪な状況にならないように手をうっていく。
そうすることが、これからの世の中を生き抜く手段だと思います。
そういや、こういうことを聞いたことがあります。
いつも先行き不透明
当然といえば、当然なのかもしれません。
あと、本書にいいなと思うのが、1つ書いてありました。
作者が評論家の加藤周一氏と対談した際に、加藤氏から言われた言葉です。
知的活動を先へ進める、ある方角へ進めていく力は、知的能力じゃないと思うんです。それは感情的な、一種の直感と結びついた感情的なものだと思います。・・・ところが、その感情が、麻痺した、日本で。・・・いくら頭が良くても駄目なんで、目の前で子どもが殺されたら、起こる能力がなければなりません。あるいは何か一種の感情を生じないと駄目です。・・・情報を集めただけじゃどうにもならない。
人間の尊厳を傷つけられれば怒るーーーそれは精神の独立の証です。「一身独立して一国独立す」と福沢諭吉は行ったけれども、福沢諭吉の行っている一身独立とは、人間の尊厳を守るということです。だから場合によっては、犠牲を伴うかも知れないけれど、それでもそれを守るということがあって、その先には知的世界が展開するわけです。知的世界を展開させる原動力が弱まった。だから今は知的な大敗がそれに伴って起こっているのだと思いますね
難しいけど、一身独立をするというのは、なかなかできないことなのかもしれません。