Otra célula del cerebro

気が向くままにだらだらと書いていきます。

承久の乱 日本史のターニングポイント/本郷 和人 ~歴史を学ぶと面白い~

 

承久の乱というと、武士に政権を奪われつつあったのを乾坤一擲で朝廷が戦いを挑んだものというふうに解釈をしていましたが、実際には違ったようです。

実際には、承久の乱がもたらしものは、朝廷の権威の失墜。承久の乱後にだされた院宣が次の内容になっています。

  1. もう政務には口出ししない。
  2. これから武士たちを出仕させない。また貴族でも、家業をつがず武芸の稽古をしている物は朝廷に出仕させない。

つまり、この院宣は、完全降伏の文書であり、武力放棄を宣言しているのです。私はこの文書こそ、承久の乱の歴史的意義を最も端的に表すものだと考えます。

承久の乱以前は、朝廷も武力をもつことができていたが、承久の乱後は武力をもつことができなくなった。

武力を失った朝廷はどうしたか?権威だけあっても、それを従えさせる力がなくなうと意味がなく、存在価値が下がっていく。

そこで、雑訴の興行や人材の抜擢をメインにしていくとした。つまりサービスを提供することで、朝廷の価値を保とうとした。

そのため、訴訟でもめた場合に、武力が必要になったら幕府に頼る必要がでてきた。もともと京都には自社勢力が強いし、そこには僧兵が多くいるわけですから。

 

と考えると、この承久の乱によって、朝廷→武家政権へと権力が移動しているというわけです。

そう考えると、朝廷が武家の時代にも残っていたというのも分かる気がします。結局権威をもっていても、武力を有していないわけですから、うまく活用すれば権威付けをすることができる。となると、この権威をもつというところで朝廷を奪い合うという。。。

そう思うと、権力を手放したが故に生き残ったともいえるのかなと。

 

ついつい自分が学んだときには、幕府が開かれたら権力が移行したものと思ってましたが、そういうわけではなく、その前にいろいろと暗闘があったうえで、承久の乱で決まったということか。。。

 

そう思うと、歴史って面白いな。。。

 

 

 

名古屋をてくてくと散歩 年始編 その3 ~尾陽神社~

御器所八幡宮をまわったあと、最後に荒畑駅から帰宅の途につく際に、ふとGoogleマップをみると、近所に尾陽神社があるのを確認。

知らないところだったので一度寄ってみるかと考えててくてくと歩いていくことに。

www.biyoujinja.com

ここ、実は佐久間氏がいた御器所西城があった場所付近だそうで、ちょっとした高台の上にあります。

戦国時代であれば、周りが見渡せるいい場所だったんだろうなと思えています。

国土地理院の地図で見る限り、標高15mくらいで、一気に6mまで下がっているので、高台にあるという認識は間違いないのかなとも。

www.gsi.go.jp

 

さて、写真をぺたぺたと。

 

尾陽神社の謂れ。

1910年に創建なので、結構あたらしい神社。

しかも第二次世界大戦伊勢湾台風で被害にあり、そのあと1970年に社殿を再建。

結構激動の歴史をもっています。。。

 

狛犬

 

神社の説明。

 

手水場。

 

拡大。

 

本殿。

 

今回のでこのシリーズはおしまいです。

 

今回、国土地理院の地図をつかってみましたが、断面図をだしたりすることができるので、高さがどう変わっているのかというのが見れて非常に面白い。

実際に、普段生活するところで少し凹んでいるよなと思ってたらその通りであったり。

あと、坂道でつらかったところとか妙に納得とかね。そう思うと、こういうのをうまく活用していけばいいのかなとも思ったりしました。

そう思うと、もっと便利な方法がいろいろあるんだなとも。

全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方/戸部田 誠 ~知っている番組の話がでてきて面白い。~

ズタボロであった日本テレビが、いかにフジテレビに逆襲をし、逆転をしていったのかという話のドキュメンタリー。

読んでて、知っている番組が結構でてくるのでなるほどなと思うところも多々あり、非常に面白い。

 

 逆襲をし、まくったという感じもありますが、そもそも逆襲に対する考えが面白い。

逆襲は敗者だけに許された特権だ。

 一度負けたものが立ち上がって襲い掛かることは、敗者だけの特権と考えるのは面白い。

 

テリー伊藤さんの言葉で興味深いのがこれ。

「作家なんて、会議の前に近所の喫茶店でせいぜい1時間考える程度だろう。オレは毎日、8時間は考えてる。すると作家が出してくるような企画は、自分が一度は考えたことがあるものなんだ。そしたら面白いか面白くないかなんて、すぐわかるよ」

笑いは才能ではなく、かける時間なのだ、というのだ。目からうろこが落ちた。伊藤が8時間なら、自分は12時間、24時間考えなきゃいけない、そう思った

この常に考えているというのが面白いなと思う。

ぱぱっと作った資料であっても、以前から温めていた内容であれば、結構渾身の資料や説明ができるのだけれども、その場で考えたような内容だとどこか底が浅くなってしまいがち。そう思うと、日ごろから考えているというのがどれだけ大事なことかということ。

日ごろから多くの情報に接し、いろいろと考え続けているからこそ、即座に判断もできるというわけなんですね。

考えてなければ、そのあとの波及効果とかまで考えが及ばないこともある。経験とかで似た案件を思い出してというのもありますけどね。

そう思うと、いかに考え続けていくことが大事なのかと思わされます。

 

あと、データを扱っていくときに大事なこととして。

本当は視聴率という単なる一個の数字じゃなくて、それをつぶさに見ていくと、いろいろなものにつながっていくんです。それを本当の意味で活用するためには、エンドユーザーである視聴者がどのような暮らしをしているのか、その心理や実態から、ああ、こういう見方でテレビを見ているんだなとしらなければならない。それが全部ビジネスにもつながっていく。それをやっている人が初めて、視聴率の是非を言うことができるんだと思います

今回の結果はどういう状況からでてきたのか?想定から違わないかなどいろいろと考えていく必要があるということ。

そう思うと、いろいろと深く考えていったり、情報を集めていかないと間違えた方向へ進む可能性もあるという。

 

なかなか奥が深くて考えるところが多い本でした。知っているテレビ番組の裏側とかが見えるので面白いんですけどね。

全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方

全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方

 

名古屋をてくてくと散歩 年始編 その2 ~御器所八幡宮~

前回の八剱社から、次に北へむかって御器所八幡宮へ。

Googleマップを見ていて、まだ時間があるなとも思ったのでてくてくと歩くのもいいかと考えて、次のところを探してみると、御器所八幡宮が。

www.gokiso.info

御器所とついているから御器所駅周辺かと思いきや、歩いてみて、むしろ荒畑の駅周辺。住所は御器所なんですけどね。

参拝の時期が年始というのもあり、参拝後に高校生くらいの人がちょくちょく来てました。センター試験とか近かったからそのお願いだったのかな?

 

さて、写真をぺたぺたと貼っていきます。

 

手水場の写真。

 

シンプルな形。カメなんですね。龍が多かったからカメってのは珍しい気がします。

 

御器所八幡宮の由緒。

 

朱色の鳥居が印象的です。

 

そして、本殿。

 

御器所という地名が面白いのでWikipediaで調べてみました。

御器所 - Wikipedia

熱田神宮で神事に使用する土器を作っていたからついた名前なんですね。御器所・瑞穂台地の上にあることから、昔からあった土地。

 

さて、今回はこのくらいでおしまいです。

次回で最後の予定です。

いま君に伝えたいお金の話/村上 世彰 ~お金のことって難しいわ。~

お金のことってなかなか難しい。

勉強をしていてもおしえてくれるわけでもない。結局自分が学びだしたのも社会人になり、少し金銭的に余裕ができてきてからでした。

車を買うのにローンは嫌だなと考えて、可能な限り現金で買えるようにしようと考えたのが始まりです。

なので、月々積立を行ってある程度たまってきたら、引き出して貯蓄口座に移すという行動を繰り返しています。

 

将来的にやりたいことがあるなら、必要になるのが元手。その元手をどうするか?というのが大事。

夢を実現するためにも、お金に強くならなければいけない。収入が少ないなら少ないなりに、その範囲内で生計を立てることを考える。若い頃に苦労しながら大きな夢を叶えた人の多くは、金銭感覚の優れた人でもありました。

つまり、夢を叶えるのならば、それなりの元手を作る必要があり、そのためにも金銭感覚を磨いていく必要がある。

では、元手をどう作っていくか?それの目安が次のとおり。

稼いだお金の7割を生活費として使う、1割を趣味や楽しみのために使う、2割を何かのためのときのための貯金にする、そのくらいのバランスがいいのではないかと思っています。この2割が、「お金を生む卵」になります。逆にいえば、稼ぐお金の7割くらいでできる生活をする、ということです。

7割か。。。きついなぁ。

手取りで考えても結構きつい。うーん、7割で成立するように生計を見直していく必要があるな。。。

むー、また無駄の見直しをするかな。

あと、2割はある程度は貯めても、銀行に預けるつつもある程度は投資に回していくという考えも必要なのかも。

 

最後に、勉強について。

あえて僕が「学校の勉強はしっかりやるべき」と答える理由は、どんな方向に進むにせよ、それが土台となってくれるからです。人生の途中で急に方向転換したくなるかもしれないし、方向転換したくなったって、広くいろいろな知識を持っていることは、人生において決して無駄にはならない。

視野を広くするという意味で学校の勉強は必要かなと思ってます。なぜ、こうなるんだろう?という疑問も知識がないと起きない疑問になるわけですから。

 

いま君に伝えたいお金の話

いま君に伝えたいお金の話

 

名古屋をてくてくと散歩 年始編 その1 ~八劔社~

年始にてくてくと散歩して、いったことにないところとか気になるところをいってみようと考えて、行動してみました。

運動不足解消と体を動かすのを考えてです。

 

今回は八劔社。

Googleマップを見ていると、御劔町という地名と、そこにある八劔社に興味があり、どういうところかと思ってです。

jinja.nagoya

上記のURLを読む限り、熱田神宮との関係があったようです。熱田神宮自体非常に大きな神社であったようで、その影響力たるや。。。という感じがします。

また、場所がちょうど高台のヘリにあるのを見ると、瑞穂台地の際に作られているのかなとも。ということを考えると、震災のときも大丈夫な場所なのかなとも思ったりします。

 

住宅街の中にあるので、道が正しいのか悩みながらの移動。

幸い大きく迷子になることもなく到着。入ったのは裏口からでした。。。

 

こちらは八剱神社と書いてあるんですけどね。。。

 

でも、正規の出入り口を見ると、八劔社と書いてあって、どちらが正しいのやら。

 

なお、鳥居のところに黒い汚れがありますが、戦争のときについたものとか。

 

まぁ、幟を見る限り八劔社というのが正しいんでしょうね。

 

ふと思い出しましたが、以前歩いたところにも八剱社というのがあった記憶が。

名古屋散策 名古屋市営地下鉄の地上を歩く 地下鉄桜通線その8 野並⇒鳴子北⇒相生山 - Otra célula del cerebro

 

こう見ると、いたるところにあるのだなとも。。。

 

さて、次回に続きます。

武器としての社会類型論 世界を五つのタイプで見る/加藤 隆 ~こういう分類もあるのね~

世界を5つに分類すると次のとおり。

  • 上個人下共同体・・・西洋
  • 上共同体下個人・・・中国
  • 全体共同体・・・日本
  • 資格共同体・・・インドの諸文明
  • 掟共同体・・・立法主義のユダヤ教社会

最初のふたつは、個人は自由、共同体は拘束を受けるもの。

 

こう考えると、中国は上位の者ほど共同体の拘束を受けるのに対して、下は自由に行動することができる。

かたや西洋は、下は共同体の拘束を受けるのに対して、上は自由に動ける。

日本は、すべて共同体の拘束を受けている。

 

おもしろい分類だなと思う。

全体共同体では、みんなが同じというある意味平等というのをベースになっている。ある意味、こうあるべきとか空気を読むとか、ある意味不文律の文化がある日本を表すのにはいい表現だなと思う。

 

この分類を見ると、科学技術が西洋で急速にすすんだのは次のように説明される。

「科学技術」が成立して、本格的に機能するためには、「役に立たない」知識を持っている知識人が広範に存在していなくてはならない。そのような者たちが存在したのは、「西洋的キリスト教による安定<二重構造>」における「聖職者」の領域においてである。もう少し具体的に言うならば、ヨーロッパの各地の修道院で、能力もあり、自由で、ヒマがあり、生活の心配もなかった、多数の修道僧たちがいなければならなかった。

 

つまり、ヒマな人間がいて、自由気ままな状況でないと、科学技術も進まなかったということですかね。

芸術の世界でもパトロンに助けられながら、絵画や音楽に励んだというのもありますし。

そう思うと、こういう見方をもつというのも面白いと思う。