2018年 GWの思い出 若狭の旅 その3 ~小浜・若狭姫神社~
前回の若狭彦神社に続き、若狭姫神社へ。
こちらで御朱印がいただけるということで。。。
若狭の一宮(若狭姫神社) | 観光スポット|福井県観光情報ホームページ ふくいドットコム
それにしても、水の量が豊富、水がきれいというのを見ると、ここいらに神社があるのもわかる気がします。
さて、鳥居をくぐったのち、参拝。
手水場。
この雰囲気結構好きです。シンプルなのも結構好きです。
さて、山門をくぐった後参拝です。
本殿。となりの千年杉がすごい存在感がでています。
近づいて撮影してみると、これまた写真がうまく撮れない。
この新緑がまた気持ちいい。
本殿に近づいて、まずは参拝。
そして、きちんと撮影できていなかった山門を撮影。
舞台かな?
このあと御朱印をいただいたのち、退散。
この若狭姫神社では、若狭彦神社と若狭姫神社の御朱印をいただくことができます。
具体的に書くと、若狭彦神社と若狭姫神社をまとめて、代表とされるのが若狭彦神社の御朱印。それとは、別々に若狭彦神社と若狭姫神社の2種類をいただくことも可能です。
自分は、一之宮巡りの御朱印に記載いただいたので、若狭彦神社の御朱印をいただきました。
さて、次は、小浜から抜けて、京都と福井の境目付近にある松尾寺へと向かいました。
梅雨の時期と言えども、生活は変わらない。。。
今週のお題「雨の日の過ごし方」
雨が降ってようが、雨が降らなかろうが、平日の行動は、あんまり変わらないです。
淡々と仕事にいって働いて帰ってきてという生活。
休日は、雨が降っていたら、近場での行動にシフトチェンジ。といっても、遠出がなくなる程度。
基本休日は、月1回くらいは遠出をしてリフレッシュというのを考えているので、そこが雨だと出かけることもなく。。。
あんまり変わらないですね。
これ以上書くことがない。。。
ということで、これにておしまいです。
走ることについて語るときに僕の語ること/村上 春樹 ~フルマラソン走るってすごいわ。~
走ることについて、村上春樹さんが書かれた本。
本書を読むまで、あんまり知らなかったのですが、村上春樹さんって、毎年フルマラソンにでているのですね。
その2つにでながら、多くの著作を書かれている。そういうのを知るだけで、超人だなと思わされます。
フルマラソンを走るために、毎日10キロ程度走っているわけですし。そう思うと、なかなかできることではないし、よく走っている人が足をやったというのを聴くのですが、それに対してタフな体だなというのが印象。
そして、アテネ・マラトンの間を走ってみたりとか、サロマ湖でのウルトラマラソン(100キロ)に挑戦したりと、非常にアグレッシブ。
そういうのを読みながら、つい先日読んだ高血圧の本のことを考えると、村上春樹さんって高血圧とか関係ないんだろうなと思ったり。
あ、でも、ヘビースモーカーともいうからとんとんなのかな?でも、すごいとしかいいようがない。
でも、ウルトラマラソンをしたあとのモチベーションが下がっていたときに始めたのが、トライアスロン。
走るのと泳ぐのは得意だけど、自転車が苦手だそうで。
でも、普通、トライアスロンとかやらないですし。。。
ただ、著名な作家が、日々のスケジュールの中に走るという運動を入れているというのを知れたことが本書を読んでの感想。
忙しいというのを言い訳にして、運動をしないというのはダメですねぇ。。。
少しは運動をしてみようかな。でも、トライアスロンはしません。まず、泳げる自信が一切ないですし。
2018年 GWの思い出 若狭の旅 その2 ~小浜・若狭彦神社~
ごはんを食べたのち、一之宮巡りへ。
若狭の一之宮は、若狭彦神社と若狭姫神社の2つ。
そのうち、御朱印をいただけるのは、若狭姫神社のほうになります。
とはいえ、若狭姫神社のみいって、御朱印をいただくとすると、それはそれでスタンプラリー的なことになるので、まずは若狭彦神社へ。
若狭彦神社。
周辺に駐車場がないのがな。。。
ただ、雰囲気はすごかった。
大きい杉の木が多くみられたのもすごさを感じた理由ですかね。。。
ということで、若狭彦神社へ参拝。
由緒記
参道。
見える木々が巨木という感がすごい。
どこか奈良の談山神社の大きな木々を思い出してしまいました。
手入れの行き届いている参道。
地元で大事にされている神社だと思わされます。
そして、上宮の門。
中に入ってみて、がらんと広がります。
一番の驚きがこの手水場。
まさか竹をとおって水が供給されているとは。
そして、本殿。
周りの木々もきれいに手入れをされているので、見てて気持ちがよかったです。
再度別の角度からみた本殿。
やはり、風格がある。
帰りに見かけた巨木。夫婦杉だったかな。。。
大きさについつい見上げてしまいました。ただ、写真におさまりきらないというのが難点。離れても規模感がわからなくなりますし、悩ましい。
さて、次は若狭姫神社となります。
薬に頼らず血圧を下げる方法/加藤雅俊 ~生活改善からですね。。。~
薬を飲むかどうかの判断に迫られて、しばらく様子を見るという決断に至ったことが過去にあります。
現在、その執行猶予中ですが、どうも普段測定すると、120台なのに、健康診断で高くでるのがよくわからない。
まぁ、高めになっているのは事実ですから、そこいらを直していかないといけないなと思いつつ、薬を本当に飲まないといけないのか?という葛藤がここ最近あります。
本屋巡りをして、この本に出合ったのはそういうとき。
読んでみて、高血圧のメカニズムがわかると妙に納得というか。
- 心肺機能が加齢とともに落ちてくる
- 血管が硬くなる
この2つが主要因。この2つの裏にいるのが次のもの。
筋肉の低下が要因であると書いてます。
つまり、運動が必要ということです。
結局、筋肉がついていれば、心肺機能の低下も抑制できるし、第2の心臓といわれる太ももで多くの血液を送れればいい。
そう思うと、運動かぁ。。。
普段1万歩は歩いてますが、それでは不十分ということなんですかね。
もしくは、食生活を変えていかないとということか。
まずは、カリウムの多い生活に変えていく。
そして、ストレッチを毎日していくというところですかね。
あとは、可能なら歩いたり、走ったりして体の筋肉を鍛えつつ、脂肪を落としていくというのも大事なんでしょう。
降圧剤を飲むというのも手かなと思うけども、なぜ血圧が高いのか?という理由が明確にならずに飲むことの怖さというのがありますから、まずはわかる範囲でやっておこうかなと。。。
また、おりをみて読み直そうかな。
2018年 GWの思い出 若狭の旅 その1 ~小浜・蘇洞門めぐり~
GW中の投稿で、ざっくりと書いておりましたが、今年も小浜に。
前回悪天候の中蘇洞門めぐりにいったので、天候のいいときに行きたいという考えです。
人が多かったからなぁ。。。
こんなに混んでいるとはおもわなかったというのが素直な心情です。
さすが、CNNの31選に選ばれたことがあるというかなんというか。
場所は、小浜・フィッシャーマンズワーフから、蘇洞門めぐりの遊覧船にのっての旅。1時間弱で、1人2000円。
それが高いのか安いのかは人それぞれでしょう。
個人的には十分楽しめたので、まぁいいかなと。
写真をぺたぺたと。
この遊覧船に乗って移動です。行くとすごい人の列で、これ乗れるのかな?と不安になりつつも乗船。
出航してすぐにこの風景。
前回は、雨がふっていたので、外にあまりでなかったのですが、今回は天候がいいので、外にずっといました。
風が気持ちよかった。
ここから、奇岩がどんどん見えてきます。
この削れ具合を見ると、日本海の荒波ってすごいんだなと。
層状のものがみえるということは、何か知らの力でひんまがっているということなんだろうけど。。。そこまで詳しくないので、ただ地球の力ってすごいなと。
堅そうな岩がたくさん。
それにしても、天候に恵まれてました。
岸壁に傷がついているのが不思議です。
そして、まだまだ進む。
こういうのを見てもすごいなと。
ところどころで、釣りをしている人がいたけども、釣れるのかな。。。
そして、ぼちぼち折り返しの場所が近づきます。
そして、目的地の門へ。大小ありますが、なかなかすごい。
一度でいいからくぐってみたいな。。。
目的地を超えたら、あとは折り返して帰りです。
この海の風景がなかなか良かった。
海の上にいるんだなという感覚もまたよし。
ふと、目を向けると大飯原発が見えるんですよね。。。
若狭って原発銀座といわれてますから。。。
戻ってからご飯を食べようと思ったのですが、なかなか食べれるところがなく、道の駅にて昼食。
さばうどんと焼き鯖ずしのセット。
さて、若狭シリーズはちょっと続きます。
幕臣たちの明治維新/安藤 優一郎 ~負けた側にもその後があるんだなと。。。~
今年の大河ドラマは「西郷どん」
ついつい明治維新というと、薩長土肥のイメージ、特に、薩長が中心に進めていったという感があります。明治維新がなったあと、いきなり薩長が主導し、幕府の人間がいなくなったというイメージを勝手に描いてました。
ただ、幕府側の人間も明治維新後にいきなりいなくなるわけではなく、どうなっていったのか?というのを知るというのも大事なのかなと。
各々の立場が違うだけで、人生を歩んでいるというのは変わらないですから。
静岡藩が成立し、徳川宗家がその藩主になったのち、そこに旗本が1万人以上、無給でいいからと付き従ったということ。
当然ながら、一気に財政破綻へまっしぐら。。。
一部の人々は、新政府に採用されたようですが、どうしても、上官は薩長であったりして、見えない壁のようなものがあり、なかなか思うように働けなかったようです。
そこいらは、仕方がないのかもしれませんが。。。
さらに、静岡藩の財政を圧迫したといわれるのが、沼津の兵学校。多くの藩から最先端の軍事技術を学ぶために留学生がきていたようです。つまり、当時の最先端は、やはり幕府がもっていたということ。
そう思うと、幕府がきちんと変化していくと考えて、行動をしていたら、明治維新なんて起こらなかったのな?とも思ったり。
まぁ、「if]をついつい考えてしまうのもいいんですけどね。。。
多くの人々は、そのあと、廃藩置県などの荒波を乗り越えるべく、帰農したり、帰商したりしていたようですが、どうもうまくいかなかったようです。上から目線か、あまりにも下手に出すぎて、身元がわかってしまうというか。。。
そして、商売下手なのがばれて、買いたたかれたり。。。
うーん、市場という荒波は怖い。
ただ、この動きがあったからこそ、牧ノ原台地でのお茶の生産がさかんになり、静岡の名産といえば、お茶という風になったとの記述もあり、面白いなと。
ついついお茶といえば、静岡のイメージがありますが、それも150年程度の話だと考えると興味深い。
最後に、旧幕臣の会もあるようで。。。
そして、江戸ブームが1900年ごろにあったようですし、どうもこういうのは繰り返されて行くのかもしれません。
そういう風に思うと、なかなか面白いし、もうちょっとここいらの本を読み漁ってもいいのかもしれない。